251214 広島
- 光太郎 笠原

- 2025年12月25日
- 読了時間: 10分
更新日:6 日前
広島県にはゆかりがある。
おばあちゃんが広島出身だった。父方の親戚も何人か住んでいたはずだ。子どもの頃に、遊びに来た記憶はある。ただ自分の意思で訪れたのは今回が初めてだ。
大会前日の早朝、東京発の新幹線で広島に入った。せっかく来たからには、平和記念公園には行っておきたい。とても穏やかな陽気の中、その場所を訪れた。原爆ドームは建物としてとても荘厳だった。いくつも建てられている慰霊碑の前に立つと、自然と手を合わせたい気持ちになる。広島平和都市記念碑から平和の灯を見た。静かに力強く燃え続けているのを確かに目に留めた。短い滞在ながら、意味のある時間になったと思う。ここを訪れて良かった。
ホテルを取ったのは、呉駅の近く。広島から在来線で30分くらい。造船で栄えた港町。海の近くに山があり、坂の斜面に家が立ち並ぶ。夜景がきれいだろうなと想像する。
ホテルのすぐ隣のパーキングで、カーシェアの車も借りられた。動線はすごくいい。
旅飯も充実していた。広島の「あなご飯」、呉の「細うどん」、「海軍カレー」色々楽しめた。中でも一番良かったのは、呉のスーパーで買ったパックのカキフライ。今年は大凶作だったらしいけど、しっかり広島県産のカキを使っていた。とても濃厚でおいしいカキフライだった。
参加したのは「とびしまウルトラマラニック」というレースだ。
とびしま海道にある大小7つの島々を渡っていくマラニック大会。距離100km。海沿いの幹線道路を走るコース。ほとんど高低差はないけど、少しだけアクセントもある。エイドごとのおもてなしに特に力を入れているようで、それも大きな楽しみのひとつだ。
レース当日は2時前に起床して、3時前にホテルを出る。そこから50分ほどのドライブで、スタート会場の「県民の浜」へ到着する。当然寝不足だ。運転中、視界真っ暗。雨も降っている。そこまで辿りつくことがそれなりの試練になっている。
会場内の体育館で受付をする。ここで必携品のチェックが入る。事前にもらっていたリストにはいくつも書いてあったけど、提出を求められたのはヘッドライトと後方照射用アームライトのみ。あとで走り出してわかったけど、この2つは絶対に必要。日が昇っていない時間は、これがなかったらまったく進めなかっただろう。
食事は前日にスーパーで買ったパックの炊き込みご飯とパン数種。「瑳珴の小倉庵」という呉の名物あんパンが、とにかくボリューミーでずっしり重い。これひとつで数十kmは走れそうだ。
スタート時も雨は降り続いていた。気温はそこまで低くない。上は半袖Tシャツ1枚、下はランニングタイツとショートパンツにした。ダイソーで買ったポンチョを上からかぶる。これで十分寒くない。ただそのポンチョがスタート早々、生地が裂けてきて、はだけながらのランになる。30分くらいすると雨もあがり体も温まってきたから、そのポンチョも脱いで、半袖1枚で走ることにした。結局その格好で最後まで走り切った。行く先々で「半袖寒くないの?」と声をかけられる。他の方々は上着を着たまま走っている人が多かった。

スタートして20km近く走ると徐々に明るくなってくる。視界が広がってまず目に入るのは「多島美」だ。「多島美」という言葉は、生まれてこのかたまったく聞かずにここまで来たけど、瀬戸内の事を調べると、何度も何度も出てくる言葉で、すっかり頭に残っている。瀬戸内海に浮かぶいくつもの島が、多層的に見える景観の美しさを表現した熟語のようだ。今日のレースでは否が応でもそれを目にできる。どこまで行っても「多島美」の一日だ。
30km前後の安芸灘大橋での折り返しは、この大会の特長のひとつだろう。全長1km程度の長さの橋を往復する。序盤ということもあり、ここでたくさんのランナーとスライド(行き違い)することになる。
ウルトラマラソンの慣例として、スライドする時には声を掛け合うというルールがある。「ナイスラン」とか「お疲れ様」とか単純に「おう!」とかだけのこともある。
はじめにすれ違ったランナーに自然に声をかけると、思った以上に爽やかに「おう」って返してくれた。それがここでの挨拶の温度のようだ。次から次へとすれ違うランナーと声かけしあい、みんながみんな快い挨拶を返してくれる。これは気持ちいい。結局ここの往復で50人以上と挨拶できたと思う。序盤でこの親密さを築けるから、その後、接触を持つ時にも話しかけやすくなる。いいコース設計だ。ちょうどそこで日の出を迎えた。島影の向こうから朝日が上っていく光景は神々しくてとてもよかった。
33km過ぎでアクシデント発生。道を間違えた。下蒲刈島から上蒲刈島へ渡るべきところ、橋を通り過ぎて、島の周回を続けてしまった。それまでランナーが前後にいたのに、急に少なくなって変だとは思っていたけど、とにかく案内も人も最小限の大会だから、少しくらい閑散としたって、気づく由もない。ところが、先の方から別のランナーが逆走してくるところに遭遇。「もしかして、コース間違えてませんかね?」と言ってくれた。そこで初めてコースマップを確認。ロストウェイに気づくことになる。先行していたふたりのランナーと来た道を引き返す。往復2〜3kmのロスだ。面白かったのは、引き返していく間に道を間違えたお仲間たちが増えていったこと。「こっちじゃないですよ」と伝えると、みんな意外そうな顔で「どっか曲がるところあったかな?」って。そんな感じでパーティーが嵩んでいった。もちろんこのロスは痛かったけど、なんかこれも連帯感を高めるためのスパイスのような感じがして、結果的には楽しめたかな。
40kmのエイドでカレーをいただく。これが結構おいしい。地元の老夫婦がふらっとカレーだけ食べに来ていた。「これ入れるとおいしいよ」って福神漬けの皿を渡してくれた。ありがたい。こういうやりとりが結構うれしい。あとはどこのエイドでもみかんを薦めてくれる。別の場所では小学生くらいの女の子が伴走しながら手渡しでみかんをくれた。みかんの皮に「がんばれ」って書いてあって癒された。
半分を過ぎた後の53kmのエイド。おにぎりとあら汁の支給がある。建物内に入って温まりながら一服するランナーが多い。向かいに座ったランナーが「半袖寒くないの?」と話しかけてくれる。「大丈夫ですね」なんて返してた。あら汁がおいしい。冬場のウルトラは、温かいスープがありがたいな。とても沁みる感覚がある。食べ終わって先に出ようとすると「10時間切り、ねろうちょるんですか?」と声をかけられた。いやいや、ねろうちょりません。ぼちぼちいきます。
61kmのエイドを過ぎるとこのレース一番の勾配がある。これまでの幹線道路とは違い、民家沿いの山道を行く。急勾配でとても走ることなどできない。先行してるランナーと一緒になったから、「これは走れないですね」と声をかけあう。
自分と同世代の男性ランナー。しばらく一緒に歩く。履いていたワラーチを脱いで、裸足で進んでいた。「走れんから、足つぼマッサージしちょりますわ」だって。
学生時代に陸上をやっていて、ここ数年でまた大会に出はじめたそうだ。今日が初めての100kmだということだ。
「海沿いの平坦な道で歩くのは自分の気持ちが許せんけど、この坂じゃったら、歩いてもバチはあたらんじゃろ。」
なんだかいい温度でこのコースに臨んでいるなと感心した。坂がなだらかになったところで、自分が再び走ることにしたので「お先に」って言って別れた。彼の広島弁ともあいまって、すごく印象的なやりとりになった。この坂の上からはミカン畑のきれいな紅葉が見晴らせた。そして眼下には海岸線が見えて島々も見渡せる。それはそれは素晴らしい眺望だった。
大崎下島の東岸には御手洗という伝統的建造物の保存地区がある。昔の花街があったところのようだ。海岸線から少し迂回してコースに組み込まれている。ここはランが禁止で、歩いて風情を見るところ。まあ、そんなに時間かけて観光する気分でもない。さっと通り抜ける。
その先70km地点の「とびしま食堂」でお好み焼きを食べた。思えばこの旅行中で広島風のお好み焼きを食べたのはここだけだった。やきそば入ってるんだよね。それがうれしい。ここを出発する時「この先は愛媛県に入りますよ」と教えてくれた。そうか、県をまたぐのか。そういうレースも珍しい。
小さな島を二つ越えた後、渡った先が愛媛県今治市の岡村島だ。ここで5kmくらい海岸線を往復する。ひときわ海がきれいに見えた場所だ。先行していたランナーとたびたびすれ違う。ここでも必ずあいさつしあう。苦しい表情を浮かべていた人も、にこっと笑い返してくれたりする。自分もできるだけ元気よく声出すようにした。本当に連帯感のある大会だ。
再び広島県内に戻ったところで80kmを過ぎた。次のエイドではお茶漬けを出してくれた。
「元気ありますか?」と聞かれたから、「食べる元気はあります!」と答えた。
そう、後半になっても食欲は衰えなくて、最後まで支給されるフードを楽しめたのがとても良かった。夏の大会では、胃がやられてそうはいかない。冬の大会ならではの楽しみ方だ。ここのお茶漬けもおいしく完食できた。
終盤になっても足の疲労感はコントロールできる程度だ。むしろ先が見えてきたことで、少しペースもあげられる。6分台だったラップを5分台にあげられた。88kmのエイドでは、湯豆腐をポン酢でいただき、トイレも済ませた。気分もお腹もすっきりだ。そこからは、沈みゆく太陽を横目にしながら、颯爽と走っていけた。
94kmが最後のエイド。「陽が沈まないうちに、帰って来れましたね。」と声をかけられる。温かいコーンスープをいただき、この先のコースの事を聞く。最後の難所で、橋へ向かうのぼり道がある。そして橋では、横からの強風にさらされる。でも、ここまでくればなんてことない障害だ。「それを抜ければあとはずっとまっすぐです。」よし、もう少しだ。
終盤にさしかかったあたりで、しおりちゃんとLINEのやりとりをする。「あと少し」と伝えると、「がんばれ!」って言葉の後に、赤ちゃんの絵文字を2つつけてくれた。自分だけじゃなくお腹の中のふたりも応援しているっていうメッセージだ。これにすごく感激した。レース中なのに涙がこみあがってきたほどだ。そうか、みんなで応援してくれているんだね。じゃあ、最後までがんばらなきゃ。
ゴールしたのは15:40過ぎ。10時間40分の時間をかけて100kmを走りきった。3回目の100kmランで、一番遅いタイムだ。
これまでのランニングキャリアの中でもっとも長い時間をかけて走った大会になった。だからもっとも楽しんだ大会だ。
大会中に、もっともたくさんのコミュニケーションを取った大会でもある。エイドごとに立ち寄り、その都度スタッフの人、ランナー同士で話をした。おいしい補給食を食べて、「東京からですか?」「広島はいいところですね」「さあ、次のエイドまでがんばってまた走りましょう」なんて話して、海沿いの道を風に吹かれながら走る。それを幾たびも繰り返した。ゆっくりのんびり走るには最高のシチュエーションだった。
レースの後、真っ先にしたことと言えば、しおりちゃんへの報告の電話だ。
「ゴールできた!これで全都道府県制覇したよ。」
「おめでとう!」
「お腹の中のふたりも応援してくれてると思ったら、すごく感激したよ」
「そう、今日はいつも以上にぼこぼこ動いてたよ。きっとレースってわかってたんだね」
そんな会話をした。
長い時間をかけてやり遂げた自分の中での大きな達成だ。もともと自己満足ではじめた企画で、誰かまうことなく粛々とやり遂げればいいことだけど、こうして報告できる人がいることはとてもうれしい。
前日に平和記念公園で見た草野心平さんの詩碑が思い起こされる。
「天心の三日月の上に 幻でない母と子の像 これこそ永遠の平和の象徴
童子よ母の愛につつまれ 金のトランペットを吹き鳴らせ」
近い未来、自分の眼前には「永遠の平和の象徴」である母子の姿がしっかり現れることだろう。その姿を見ながら、また次の目標へ向けて走っていける。それはとても幸せなことだ。
平和に走れるってとても素敵。
すべて終わってそう感じられるのは、最後が広島だったからだろう。その巡り合わせに感謝したい。

さて、これで目標は達成したわけだけれど、全然「これで大団円!」という心持ちでもない。まだまだ走りたい場所や大会はたくさんある。身体もいたって健康だ。もちろんひと段落ではあるけれど、これで燃え尽きることなく、情熱は常に持ち続けていこうと思っている。
ゴールして感じたことはいつもと同じだ。
「さて、次はどこで走ろうか」





























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