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240317 鳥取

  • 執筆者の写真: 光太郎 笠原
    光太郎 笠原
  • 2024年3月26日
  • 読了時間: 10分

更新日:2月16日

東京から山陰側の県へ行く時、陸路にするか空路にするか悩む。山陽側なら迷うことなく新幹線だ。鳥取や島根はそこからさらに日本海側まで移動しないといけないから、結局空路を使うことになる。今回の目的地鳥取までのフライト時間は羽田から1時間あまり。短いからラクと言えばラク。離陸後シートベルト着用サインが消えたと思ったら、すぐまた付くのがせわしなくもある。


「鳥取砂丘コナン空港」というあざといネーミングの空港に降り立つ。鳥取駅までシャトルバスで移動。空港から市街地まで20分くらいの距離感で、アクセスはいい。1泊2日の旅程で、初日は観光して回ることにする。


まずは昼食に「たくみ割烹店」で「浜焼き鯖ネギ煮丼」をいただく。ほぐした焼きさばと玉ねぎを甘辛く煮て、上からネギをのせた丼。とてもおいしい。デザートには鳥取名産の梨を出してくれた。当地について最初のご飯がおいしいと旅の前途が明るくなる。



「麒麟獅子ループバス」という観光用バスが土日だけ運行していて、その一日乗車券を購入。鳥取市内を見て回る。


まず降りたのは鳥取城跡。天守閣はなく石垣とお堀が残っていて、その手前は公園になっている。堀沿いの一角に立つ吉川経家像。ここに碑文が残っていて、秀吉の鳥取城籠城戦の際のエピソードが書かれていた。後世「鳥取城の渇え殺し」と呼ばれる悲惨な戦闘だ。

秀吉軍が城の周りを二万の軍勢で取り囲み、兵糧攻めを敢行。補給路を断たれた城下では、家畜、植物が食べ尽くされ、最後には人肉さえ貪られるほどの地獄絵図だったとのこと。吉川軍は4ヶ月の籠城に耐えるもののついに降伏。秀吉はその奮闘を称え、経家に助命を提案するも、責任を取って進んで自害の道を選ぶ。司馬遼太郎の小説の中で読んできた歴史ドラマだ。こうしてモニュメントを残すことによって、悲惨さとその中で見せられた心意気が語り継いでいかれる。その舞台を訪れることができて感慨深かった。



鳥取砂丘にももちろん立ち寄る。

初めて見た砂丘の印象は、砂漠と砂浜の中間のような場所だなっていうこと。映像や写真で見る限りでは、砂漠の感じが強かったけど、実際に見ると小高い丘がある砂浜のようにも見える。確かに広いことは広い。ただ、見渡せる範囲で収まっているところを見ると、スケール感はコンパクトだ。荒涼とした感じもあるし、天気が良くて爽快な感じもある。鳥取に来てしっかり目に焼き付けられて良かった光景には違いない。近くの物販店でソフトクリームを食べて一息つくこともできた。ラクダがいるって話だったけど、見られなかったことだけは残念だ。



鳥取駅から5分ほどの場所にある「ホテルアルファーワン」にチェックイン。その近くの「御縁」という鉄板焼きのお店で夕食を摂る。

17時半頃店に行くとまだ開店していない様子。ためしに扉を開けようと試みるもカギがかかっている。出直そうと店を離れる直前、中からご主人が出てきてくれた。ガチャガチャ音立てて扉あけようとしていたことに気づいたようだ。

スキンヘッドの小柄なおじいさん。「ごめーん、もうちょっとじゃけん待っとってな」と声をかけられた。一声で人柄がわかるような明るい調子だった。店の周りを一回りして再訪すると、すでに店は開いていて、カウンター5席の最後の1席しか空いていなかった。

鳥取のB級グルメとして有名なホルモンそばが看板メニュー。自分はそのホルそばとライスを一緒に炒めたそばめしを注文。おかずに牛すじ焼きも頼んでみた。これがどっちもウマい!ジャンクな味付けで、ざっかけない感じがあって自分好み。特に牛すじ焼きのソースがいい。ニンニクが効いててパンチがある。東十条に住んでいた時よく食べていた「からし焼き」を思い起こさせる濃厚な味付け。とても気に入った。お店の雰囲気とも相まってすごくいい夕食になった。帰りがけ「おいしかったです!」と言うと、照れくさそうに笑って「ありがとう」と返してくれた。やっぱりいいおじいさんだ。鳥取に来たら、また行きたいお店だ。



レース当日。朝は6時前に起床。案内によると6時半から朝食だったけど、ちょっと早めに食堂行って待つことにする。この選択が正解。その後、後ろに行列ができて、それを見た店員さんが10分前にはお店を開いてくれた。そしてこの朝食が豪華だった。この手のビジネスホテルのビュッフェはいい意味でも悪い意味でも想像通りのことが多い。けど今回はそれを超えてくる味と品数。どれもちゃんと厨房で作ったことがわかる手のかけ方ですごくよかった。そしてその結果として食べすぎるっていう過失を招くことになる。これは結構尾を引いて、走る直前までお腹が張っている感じがしたし、走ってる最中もなかなか満腹感が取れなかった。結局走り終えるまで胃の中に未消化の食べ物が残っていた感覚がある。マラソンも初心者の頃は、枯渇状態のハンガーノックを幾度も経験したけど、慣れてくるとエネルギーの消化方法も変わってくるようで、食べすぎることにも注意を払わないといけなくなる。身体の変化を感じる兆候だった。



鳥取駅から、スタート会場までのシャトルバスに乗る。リムジンバスで快適だ。スタート会場は、砂丘のすぐ裏手にある広場。入口に砂で作られたモニュメントがある。精巧に作られていて感心したし、地元色を盛り立てる工夫も感じて好感を持った。工夫って大切。



今回参加した「鳥取マラソン」は、ここ数年オンラインのみの開催として存続し、今年が5年ぶりのリアル開催。鳥取県知事も市長もセレモニーでのあいさつに力入っていて、念願の再開っていう雰囲気をひしひしと感じた。


スタートブロックは「B」、招待選手と「A」ブロックは2~3列しかいないから、前から数えても10列目以内の位置だ。スタート前、隣にいたランナーの会話が耳に入る。

「いま全都道県でのマラソン制覇を目指して走っているんです。」

『おっ』と思ったところに、別のランナーが会話に入ってきた。「実は私も目指していて、今日で44箇所目なんです!」その後、どこは走った、これからどこを考えてるだのと言った会話が広がってた。

自分と同じようなことをやってる人はいるんだろうとは思っていた。こんなに身近で遭遇したのは初めてだ。会話に入ろうかとも思ったけど自重した。自分は自分の温度で、この目標とこの大会を楽しんでいこう。


スタート直後に、砂丘の脇を上る激坂がある。スタート1km圏内で走るにしては、だいぶしんどい坂。いきなりランナーがばらけるので、混雑回避のためにはいい。そしてその反動のように激坂の下りがある。自然とスピードは上がり気味になるけど、オーバーペースにはならない。

理由がある。あまり前向きな理由ではない。単純に自分のコンディションがあまりよくないのだ。

先月の別府のあと左足のふくらはぎに鈍い痛みがある。走り始めるときにやや違和感があり、ほぐれてくれば気にならない程度。それでも完調とは言い難い。前述した通り、朝食の食べ過ぎで身体が重いこともある。「まずはぼちぼちと進もう」くらいの心持ちだ。


序盤は市街地を通る。鳥取市の人口が18万人程度。小田原市とほぼ同等。全国の県庁所在地の中では最も少ないそうだ。それでも観光で栄えている街らしく、インフラも商業施設も整っている印象だ。そして何より沿道の応援に熱気がある。久々のリアル開催で、地元の人も楽しみにしていてくれた感じがある。


昨日見た鳥取城跡の付近も10km手前で走った。このへんまでが観光地で、あとは住宅地沿いの幹線道路を進む。13kmのあたりまで4:05くらいのペースで走るチームの集団がいたから、その中に入って走っていた。風除けにもなったし、ペース配分も任せられたから、かなり温存できていた。行けるところまでその集団で行こうと思っていた矢先、一人が「ペース落とします」と宣言、それに付随するようにばらけだし、チーム走が分裂していった。前半を他力本願で温存する目論見は崩れたけど、ここからが本来のレースと切り替えて、中盤へ臨む。20kmくらいまでは快調に進めた。


コースのちょうど中間あたりで津ノ井駅から大路川沿いの道を南下していく。ここが一番辛かった。同じペースで走っているつもりなのに、後ろから抜かれていくし、息も上がってくる。向かい風も強くて、明らかにペースダウン。「早くもスタミナ切れか」と精神的にも後ろ向きになった。ところが、22kmで折り返し、進行方向変わると、なんの事はない、ただゆるい上り坂と風向きの影響を受けていただけだったとわかり、ペースが戻せる。一気にリラックスできて、直前に抜かれたランナーたちを無理なく抜き返していけた。これまで何度も経験してきたけど、つくづくフルマラソンはメンタルのスポーツだと実感する瞬間だった。

今回のコースは、同じ道を通らない、完全ワンウェイコース。いろんな方角に走ることになる。向かい風もいつか追い風になると思って走る。そう思うことが前向きになれる心構えだ。


後半に入ると地方大会ではお馴染みの田園風景が目につくようになる。「これまで見た光景の中で近いのは、柏崎か福井か」そんなことを考える。

たくさんの大会に出ると、どうしても類型化して分析してみたくなる。ある意味ではその大会を唯一無二と捉えられないバイアスとも言えるし、逆にたくさんの大会を経験したからこその楽しみ方とも言える。どちらかと言えば後者のポジティブな要素を大切に考えたい。

経験が増える事は自分にとって財産。経験が増えることによって「こう楽しめばいい」の選択肢が増えればいいし、これまでの記憶を辿って、良い思い出を想起しながら走るだけでも楽しい。

「アイデアとは、既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」(ジェームス・W・ヤング)


ちょうど30kmで千代川を越した後、鳥取河原線という幹線道路を5kmくらいひたすらまっすぐ北上する。

ここはとても集中して走れたパート。平坦、無風、日差しなし、前回の別府に比べ後半でも足が残っている事を感じ、自信も生まれる。「あと10kmならこのまま行ける」とたかをくくって終盤へうつる。


どっこい、そう順調にはいかない。そう順調にはいかないことが、この競技の怖さであり、魅力でもある。

37km過ぎからの山越えで、懸念していた左ふくらはぎに痙攣の兆候が走る。「これはまずい」とペース落として、様子見。まだスタミナ残っている感覚はあったけど、攣りはじめるとホントに苦しいから、意識的に落とした。当然、後ろから何人にも抜かれて、焦りも生まれる。「ここを冷静に乗り切ろう」と言い聞かせ、とにかく着実に坂を上りきった。


平坦な場所に戻ると、ペースも少し上げられるようになる。ただ、4分台中盤がやっと。まあ40kmも走ってきたんだから、それくらいでよしとしようじゃないか。

今日は全体通して全て4分台のラップタイムで納めきれた。突っ込みすぎるところもなく、37km過ぎの坂も含め、ガクッと落ち込むところもなかった。結局最後までふくらはぎが故障することなく走りきれた。客観的に見れば、いいレースだったように思う。


最後は、ヤマタスポーツパーク陸上競技場に入って、フィニッシュ。ほぼ前後にランナーはいなかったから、気持ちよくトラックを走って、ゴールを切れた。


ゴールタイム 2:58:21

先月、別府が終わった後は「今回こそ自己ベストを」と意気込んでいたけど、自分のコンディション考えると、それどころじゃないなと思ってた。そんな中でもしっかりサブ3が達成できた。年代別の順位で10位は誇らしい。まずまず合格点かなと思ってる。

おもてなしの豚汁もおいしかった。疲れた身体にうれしい補給食だ。



さてさて、これで無事に鳥取も走り切って、都道府県ランは42箇所目クリアとなった。

レース中にも考えていた、たくさんの大会に出ることの良し悪しについて考える。

これだけいろんなところに出てるとマンネリ化してくる懸念があるけど、とりあえず今の所そんな感覚はない。とにかく今は経験が増えることのプラス面だけを享受している。

ランニングなんて、ただ足を前へ踏み出すことの反復作業だから、飽きもくれば、思考の停滞もあるように思われる。ましてやクリエイティブな要素なんて皆無に思われるけど、どっこいランニングをライフワークとするクリエイターは山ほどいる。


「立ち止まれば考えが止まる。心が動くのは、両脚と連動する時だけだ。」(ジャン=ジャック・ルソー)

最近読んだ本の中で気に入った一説だ。

いろんなところで走って、知らず知らずのうちに心が動いて、また新たな考えが動き始める。そこに有機的な結びつきが作れれば、新たな創造を生み出すことができる。

こんな言葉もあった。

「創造力は記憶力に比例する」(湯川秀樹)

そう考えて、この目標を進めていこう。


なんて書くのはカッコつけすぎかな。

毎回シンプルに大会のコースと雰囲気を楽しみ続けていきたいなと思う。

 
 
 

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