240204 大分
- 光太郎 笠原

- 2024年2月14日
- 読了時間: 11分
更新日:2024年2月16日
「第72回 別府大分毎日マラソン」に出場する。

ランナーの間では別格のグレードにある伝統あるレース。そんなにマラソン詳しくない人からも「別大出るの?すごいね」なんて声をかけられるほどのメジャー大会だ。早くから今シーズン最大の目標と定め、調整してきた。
その2週間ほど前、1月20日に荒川で開催された小さなフルマラソンの大会に参加。
別府への疲労を残さないよう3時間10分をターゲットにする。ペースメーカーにくっついて我慢して同じペースで走り続ける。37kmまでフラットペースで抑え気味に行って、その後5kmだけペースを上げようと試みる。うまく行かない。せいぜい1kmあたり5秒上げられるのがやっとだ。
「どんなペースで行っても、フルの後半にペースアップは難しい」それがいまのコンディションでの答え。ならば別大では「前半のうちに貯金を作っておこう」というのが導き出した戦略だ。
大分への旅程はいつも通り、いやいつも以上の強行軍だ。割とタイトスケジュールにも慣れてきたけど、今回は特に余裕なくて忙しい。
前日受付の必要がある。にも関わらず、飛行機の予約が取れたのが午後の便。16時15分ごろに大分着だった。受付は18時まで。しかも場所が別府で空港から40kmくらいある。いろんなルートを検討した結果、空港からカーシェアの車で向かうのが一番良いと判断した。この選択は正解だったと思う。空港降りた後、そっち方面へ行くシャトルバスに長蛇の列ができていた。それを横目に悠々とカーシェアステーションですんなり車を借りられる。ノーストレス、そしてある種の優越感。今日借りたのは、トヨタのヤリスクロス。中が広々していて、高級感がある。加速がスムーズでスピードに乗った時の振動も少ない。すごくいい車だった。
受付会場には17時半頃到着。もう大半のランナーは受付済だったようで、閑散としていた。おかげでスムーズに手続きできた。当日の会場内で首からさげる選手IDがあるのが大会の特徴。「選ばれたランナー」という優越感を得られるいいグッズだ。Tシャツもカッコよかった。ベースは白で、シルク調の質感があるシックなデザイン。これを着て当日も走ろうと気持ちが固まる。

受付から宿のある大分まで移動。30分強はかかる。ちょうど日が沈んだ直後で、雨が降っていて、通行量が多い。かなり神経遣うドライブだった。
チェックインの前に駅前で夕飯。「五車道」という定食屋に入る。カウンター中心の大衆的なお店。地元に根付いた人気店のようで「昭和47年創業」の看板が力強く誇示されている。中に入るとランナーらしき人がたくさんいる。レースは明日だというのに、すでにウォームができそうな格好の人ばかりで、かなりの気合いの入りようが伝わってくる。「スぺシャルカレー」を大盛りで注文。想像外のボリューム。そんな大盛りの店とは知らなかったから面喰ったけど、食べてみるとバグバグ進む。あっという間に完食。ちょっと身体は重くなったけど、美味しかったから頼んで後悔はない。
ホテルは大分駅から1kmほどのところにある「ホテルクラウンヒルズ大分」。
部屋の情報に「全室天然温泉付」と書いてあった。その言葉通り、バスルームに入ると水道水の蛇口と天然温泉の蛇口のふたつ付いている。せっかくだから、バスタブに温泉のお湯を注いでためてみる。赤褐色に濁ったお湯がたまって、温泉独特の香りもしてくる。さすが温泉処大分。なかなかいいホテルだったんじゃないかな。
当日は6時過ぎに起床。いの一番に外を見ると雨はあがっている感じだ。幸先はいい。
朝食バイキングは結構充実している。きのこご飯、団子汁、鶏天。地域色もあって豪華だ。お昼スタートだったから少しくらい食べすぎてもいいだろうと多めに摂る。

8時前にチェックアウトして車で出発。この車をどこに停めるか、かなり考えて計画した。まず大分駅から出るシャトルバスで会場に向かうので、駅に近いところがいい。ただ、レースを終えるジェイリーススタジアムから駅までが4kmくらい離れているので、スタジアムから遠くないところにもしたい。Google Mapを探しに探し、大分川沿いにある大分中村病院の有料駐車場が、位置的に一番いいと判断。迷うことなくその駐車場に停める。そこで初めて駐車料金を見ると、最大料金の適用がない青天井方式だということに気づく。それだけでも「失敗したかも」って気持ちになるんだけど、それに追い打ちをかけるように、半額くらいで停められる最大料金800円の駐車場を近くで見つけてしまう。停めたところからわずか100mくらい進んだところ。その時のガッカリ感といったら相当なもんだ。大分駅に向かう道すがらくよくよ考えてしまう。さらには「大事な大会の前に些細なことでくよくよする」自分にまたいらだって悪いスパイラルにハマっていく。そんな状況で会場へ向かう。
会場でも決して集中してレース前の時間を過ごすことはできない。
まず割り当てられた会場へのシャトルバスの時間が早すぎる。12時スタートのところ、9時には会場に着いていた。そこから3時間の待ち時間がある。
事前情報では、選手用の控えスペースがあって、ストーブもあるから、快適に過ごせるってことだった。ところが今日は快適って条件ではない。
その控えスペースはブルーシートの上にテントが張られた場所。ブルーシートが前日の雨の影響でビチャビチャに濡れている。直接座ろうものなら、パンツまで水が染みてきそうな状況だった。ここで長時間過ごすことを考えるとひとつの試練に思える。周りのランナーを見ると、荷物預け用のビニール袋を底に広げて、その上に座っている。1m×50cmもない小さなパーソナルスペースに体育座りして長時間過ごす。かなりの窮屈さだ。持参してきていた「オウエンのために祈りを」を読んで、できるだけ心を安静にしながらやり過ごしていた。割と冗長な小説なんだけど、文体が読みやすく、それでいて情緒がゆさぶられることが少ない。こういう状況には適した作品だったのかも。たまたまだけど。
11時過ぎると動き出すランナーが多くなってくるから、自分も準備に入る。
気象的にはすごくコンディションが整っていた。雨はあがって、レース中は一滴も降らなかった。それでいて曇天は続いていたから、日差しを受けることもない。
そして何より風がない。このレース特有とされる強い風をまったく受けなかった。あとでTV中継見たら「こんな別大ははじめてだ」ってコメントもあったくらいだ。気温は低くても寒さはまったく感じなかった。
レース前の移動がすごくゆっくりしている。
プレラインアップでスタート15分前にはカテゴリーごとに細かく整列する。それがスタート位置からかなり離れた地点。そこで10分くらい待たされる。5分前くらいにようやく動き出し、スタートまで小走りで移動。せっかく整列したのに列が崩れてごちゃごちゃに。それを整理する間もなく号砲が鳴らされる流れだ。かなりあたふた感がある。おかげで、スタート前に張り詰める感覚もなく、自然な流れでレースに入っていける。
いつも出ている大会に比べかなり後方からのスタートになり、人を捌いていくのに苦労する。はじめの1kmを4:20くらいで通過。前が開けてきたから、もう少し上げようと強度上げて走った次の1kmが3:50。これだと早すぎると、次の1kmで4:00くらいまで落とす。なかなかペースが安定しない前半になる。
別府と大分を結ぶ10号線を行ったり来たりするコース。前半は海沿いの幹線道路が中心。昨日車で通った道だから多少は感覚が掴めている。このコース特有のバンクが終始続く。道の左右に傾斜があり、極端に言えば右半身と左半身でやや段差がつくような感覚だ。できるだけ一番低い道の端に進路を取って進む。苦しむ人もいるようだけど、自分はそこまで気にならない。前半は快調だった。
20kmでスタート地点に戻ってくる。道幅も広い箇所で気持ちいい。
身体もほぐれてきて無理なくスピードアップできている。気分的に乗っていたのがそのあたり。意図的に突っ込んで走ってみることにする。「前半のうちに貯金を作っておく」という事前のプラン通りの戦略を実行。オーバーペースにはなるんだろう。でもおつりを残して大会終えるよりはいいと判断した。今日は1時間24分でハーフを通過。
25kmを過ぎると海沿いから離れ、街中を通る。景色としては前半ほどの気持ちよさがない。直線のコースで、起伏も少ないので、平板な調子だ。せっかく調子よくハイペースで走りはじめた矢先にも関わらず、想定より早く疲労感が出始める。
早い。疲れ出るの早すぎ。自分に失望感すら覚える。
それでも30km過ぎまではペースを保っている。32〜33kmの小さな坂を上るときに、やや痙攣の兆候があった。これが出ると慎重に走らざるを得ない。明らかにペースが遅くなる。
こうなると後半戦は精神的にかなりしんどい。
自己ベストを狙うために、何度も試行錯誤を繰り返していることだけど、メンタルのことを考えるとやっぱり突っ込んでいくのは得策じゃないんだろうなと改めて反省する。
おつりなんて残らない。むしろ手持ちがないと健全に走れない。それがよくわかった。
おそらくこれまでに出てきた大会の中で、ランナーのレベルが相対的に一番高いであろう大会だ。普段4:00台のペースで走ってると、単独走になるのが当たり前なんだけど、今回は一度もそういう場面がなく、常に同じレベルのランナーが前後にいる。そして後半になってもペースを落とさないランナーがほとんど。坂で足がつらないようにペース落として走ったりすると、容赦なく抜かれていく。その度、自分を凌駕していったランナーたちに敬意を抱く。心では拍手を送っていたけど、そんなアクションを起こす余裕はない。必死にもがいて進むだけ。バタッと止まらないよう気持ちを持ちなおして、最後の数kmは走ってた。
そんな訳でいつも以上に余裕はない。後半は特に景色や地元の方の応援を楽しんだりすることが皆無だった。そんな中で唯一余裕があったのは、給水のコップを飲み終えたあとゴミ箱に投げ入れること。大会によってはまったく入らないこともあるけど、今日は初めからすべて上手に入った。途中から入るたびにガッツポーズ作ってたら、なんだかそれが自分のリズムにもなった。そういう細かい鼓舞が、勇気づけてくれる動機になる。
最終盤、大分川沿いを通り、ゴールのあるジェイリーススタジアムまでを進む道はとても印象的だ。
声を張り上げてたくさんの方が声援を送ってくれる。心からマラソン好きなんだろうなっていう人たちからの熱いエール。それも道を通っている間中ずっとだ。それに加えてスタジアムに入ると走り終えたランナーまでもが同じく声を張り上げてパワーを送ってくれる。あの情熱的な歓声を浴びて奮い立たないランナーはいないだろう。
そう、自分が奮い立つということは、周りのランナーにとっても同じ。自分以上の実力を持った後続のランナーたちが、最後の力を振り絞って、ガンガン自分を抜いていく。数百メートルの間に抜かれた人数としては、今までの記憶の中では最多だったと思う。不甲斐なさを感じるシーンでもあったし、今後の発奮材料とすべきシーンでもあった。
感動的な思いでも、忸怩たる思いでも、最後のこの数十秒を経験できたことは大きな財産。これだけでも参加した甲斐があると思える大会だ。
ネットタイムは2:54:16。今期勝負として挑んだマラソンは3回あって、いずれも2:54分台でフィニッシュ。15秒くらい上回り、かろうじてシーズンベストは達成できた。まさにあの雰囲気が縮めてくれた15秒だと思っている。
ゴール後はトラックの外側をランナーとは逆方向に回って、出口まで歩いていく。後続のランナーたちが激走している姿を目にするので、自然と声援を送ろうという気持ちになる。特にサブ3のボーダーの時間のところでは、スタジアム全体で後押しをするような空気が生まれていた。ランナー同士のリスペクトを感じるいいシーンだった。
ゴール後もハードスケジュールだ。
朝停めた駐車場まで歩いて戻り、昨日買っておいたサンドイッチを補給で食べる。そこだけが唯一の休息。急いで空港までドライブして戻らないといけない。寄り道もせず、50km近くの道のりを1時間半かけて走る。
カーシェアの返却の手続きを済ませた後、空港内でお土産のショッピング。今回は10人以上にお土産買う予定だったから、選ぶにも一苦労だ。その中ではしおりちゃんに買って帰った「小鹿田焼」の湯呑みが好評だったことが嬉しい。
ようやく買い終えたところで、チェックインの締切まで15分。サンドイッチだけだとフルマラソンの後の補給としては不十分。空港内のラーメン屋に入り5分で味噌ラーメン食べる。多分おいしかったと思うけど、正直楽しんでは食べられなかった。
搭乗手続きをなんとかギリギリ済ませ、無事フライトして羽田に戻って来れた。羽田からの帰り道も長かったはずだけど、あんまり記憶にない。とにかくこの日の午後はラン、徒歩、車、飛行機、電車と9時間くらいずっと移動しっぱなしだったなっていう記憶だ。このレース後のハードスケジュールとも併せて、別府大分のタフさを象徴しているようにさえ思える。
大目標にしていた晴れの舞台。正直なところ結果も内容も不満の残る大会だ。でもおかげでまた上を目指す動機になったとも思えば、貴重な経験だったと感じられる。運よく来月には鳥取でリベンジできるフルの大会の参加が決まっている。そこに向けて再調整。もっと上へ行けるはずだ。
「心から好きだと思える生き方を見つけられた幸運の持ち主は、その生き方を守る勇気を出さなくちゃいけない。」
(ジョン・アーヴィング著 「オウエンのために祈りを」より)

























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